パンデミックトリップ。日本・ロシア

2021-10-16

私のロシア旅行の短い話。パンデミックの最中に旅行する人に役立つかもしれません。

旅行前

パンデミックの間は、それぞれの国は国境通過にさまざまな制限や規制を導入しました。したがって、旅行前に、ロシアと日本について入国ためのルールを調べました。出国の規制は特にありませんでした。

ロシアに関しては、Rospotrebnadzor のウェブサイト が有用であることが判明しました。ロシア国籍の場合、「Gosuslugi 」(公共サービス) ウェブポータルで質問票に記入するだけでよかったです。旅行前に他に何もする必要はありませんでした。ロシア以外の国籍の場合はPCR検査が必要になります。どなたでも、ロシアに到着した後、3日以内にPCR検査を受け、結果をGosuslugiにアップロードする必要があります。陰性結果がポータルにアップロードされるまでに、家を出ることができません。しかし…(ロシアでは常に「しかし」があります)、空港から家・宿泊先までに辿り着く必要もあるし、どこかでPCR検査を受けなければなりません。私は到着直後に空港で検査を受け、タクシーで帰宅しました。家には食べ物がなく、途中で店に行きませんでした。幸い、最近は配達サービスはモスクワでよく発達しており、必要なものはすべて家に配達してもらいました。翌朝、検査の結果ができたので、自宅での隔離は半日しか続きませんでした。ロシア入国に関しては以上になります。

PCR検査は、ロシアでは綿棒を鼻の奥に突っ込む方式は主流のに対して、日本は唾液を摂る方式です。その違いの原因はなんなのか、検査の精度に差があるのか分かりませんが、唾液の方がそれほど不愉快ではありません。

モスクワにて

多数の感染者がいるにもかかわらず、モスクワは 人で 賑わっていました。すべての店は開いていて、レストランも閉まっておらず、街は人に溢れていました。ただ、レストランで食べている人は少なかったようです。一方で、レストラン料理などの配達人が目立つほど多かったです。 外にいる人は皆マスクを着用しているわけではなく、店でもマスクを着用していない人が多かったです。確かに、店ではマスクを着用する規則があり、マスクのない人はレジで拒否されるはずでした。そのため、マスクを着用していない人は、レジの直前にマスクを着用するようにしていました。

交通機関に関しては、私はタクシーしか使用していません。タクシーの運転手のほとんどはマスクを着用していましたが、皆わけではありませんでした。タクシーを予約するYandexモバイルアプリケーションでは、ドライバーがマスクを着用していたかどうかを報告できるようになっていました。

PCR検査の件で訪れたクリニックでは、スタッフはマスクを着用していましたが、ここでも例外がありました。

日本入国ルール

日本を入国するためのルールを調べ始めたら、ロシアに比べてはるかに複雑であることが分かりました。その規則に関しては、厚生労働省のウェブサイト に記載されています。ルールは出発した国によって異なり、時々変わったりもしています。私の場合について書きます。

日本を入国するには、特定の用紙でのPCR検査結果が必要になります。日本を出発する際、空港の従業員の数名に、そのフォームがあるかどうかを尋ねたところ、彼らはフォームの存在を否定しましたが、一人の方は厚生労働省のウェブサイトでフォームのPDFファイル を見つけてくれました。

搭乗開始を待っている間、羽田空港を歩き回るうちに、COVIDパンデミックに関する情報コーナに出くわしました。そこで、例のフォームがたくさん置いてありました。

モスクワに到着した私は、ロシア用のPCR検査を行った空港内のクリニックで、日本のための検査もできるかどうかを聞いてみました。二人に聞いて、それぞれは反対の意味の答えをしたので、モスクワ市内でPCR検査をしておいた方が無難だと思いました。

私は住んでいた地域には、PCR検査が行われるクリニックがたくさんありました。家から歩いて行ける距離には5件ほどありました。私はそれらすべてを訪れましたが、どちらも日本のためにテストを出来ませんでした。友人は[Smolenskaya駅の近くのクリニック](https://www.gmsclinic.ru)を紹介してくれたので、そこに電話して予約をしました。出発の2日前に電話をかけましたが、それはよかったです。予約のために空いていた時間は次の日の夕方(出発の前日)だけだったので、テストの結果は翌々日の朝、つまり出発の日の朝にできるはずでした。クリニックに行ってみると、そこには日本入国するためのPCR検査結果用紙があったので、私は羽田から持ってきた用紙の出番はありませんでした。

以上は、日本入国に必要なPCR検査についてのことでした。検査の他には、[アンケート](https://www.afg.emb-japan.go.jp/files/100132175.pdf)に記入し、QRコードを受け取る必要がありました。以下は、海外から日本に到着してからのことについて書きます。

検疫

海外から日本に到着した皆は、2週間の隔離が必要でした。

羽田に着陸すると、飛行機から降りてすぐに、沢山のステージのあるクエストのような、複数の手続きを行うための仮設通路を通ることになりました。そこで証明書を提示したり、質問票に記入したり、携帯に追跡アプリケーションをインストールしてもらったり、アプリの使い方の説明と2週間の隔離ルールを説明してもらい、COVID検査を受けました(結果は1時間で出来ました)。そして最後に、通常のパスポートコントロールと税関を通りました。クエスト全体は約3時間がかかりました。その後は、飛行機から降りた全員は空港の小さな出口に連れて行かれ、ホテル行きのバスに乗せられました。そのホテルで私たちは3日間いなければなりませんでした。

ホテルは、飛行機が着陸した羽田の第3ターミナルの真正面にありました。新しいものでした。部屋は日本にしては広々としていて、広いベッド、小さなソファ(ベンチのようなもの)、廊下、バス付きのトイレがありました。廊下には電気ケトル、水、紅茶、コーヒーの袋が入った棚がありました。さらに小さな円卓と壁には大きなテレビがありました。 この3日間いた部屋をよく覚えました。インターネットもあり、食べ物は1日3回ルームのドアまで運んでもらっていました。

普通の食べ物については分かりません、私が選んだビーガンの食事はそれほど多様ではありませんでした。しかし、デマエカンで配達を注文することができたので(羽田はUber-eatsの圏外でした)、2日目と3日目の夜に無料のビーガン夕食を辞めて、出前を注文しました。

私にとって最大の不便は、部屋から出れないことを除けば、窓を開けて新鮮な空気を吸うことができないということでした。ホテルの窓は開かない作りになっていました。

しかし、私はこの3日の間に、部屋から出る機会を見つけました。それは洗濯物です。1日2回、数分間、付き添いの方とホテル内を歩くことができます。洗濯物を洗濯機に入れるための1回と、洗濯が終わった後に洗濯物を回収する時です。

ホテルの隔離は、全体的にいうと、面白いドラマも見れて、3日間はあっという間に過ぎていきました。ホテルを出た後は新しいクエストが待ち構えていました。タクシーを含む公共交通機関を使わずに家に帰るという難題です。私のように隔離してる人のために「ハイヤー」というサービスがあります。しかし価格的には、かなりの無理がありました。 残る選択肢は2つだけです:誰かに車で迎えに来てもらうか、レンタカーを借りることです。

私はレンタカーを利用することになりました。ホテルを出た後は、再び羽田の第3ターミナルに戻るはずでした。第3ターミナルには複数のレンタカー会社を扱う受付カウンターがあります。ただし、1つ問題がありました。借りた車は、第3ターミナルではなく、別の場所にあるレンタカーの店舗に止まっていました。公共交通機関を使わずにその店舗までには行けるかどうかは、インターネットで調べた限りは分かりませんでした。ホテルを出る時に、カウンターではバイトの女の子たちだけいました。聞いてみたけど、レンタカーのことは何も知りませんでした。

幸運なことに、トヨタレンタカーの店舗は、第3ターミナルから約2〜3キロ離れいるけど、専用シャトルバスが走っていました。という訳で、日本に到着してから4日目の夕方に無事に帰宅できました。

次は、在宅の隔離中にするべきことについて説明します。携帯にインストールしてもらった追跡アプリ「MySos」を使って、 1日数回は位置情報の報告とビデオ通話を受信する必要がありました。また、健康状態についても毎日報告する必要がありました。ホテルにいた間は、それに加えて、毎朝専用のウェブサイトで健康状態を報告する必要もありました。

ホテルにいたときは部屋から出られませんでしたが、自宅での11日間の隔離の間は買い物にでかけることが許されていました。しかし、公共交通機関は使用できませんでした。どのくらいの頻度で外出できますか?家からどのくらい離れてもいいでしょうか? 明確なルールはありませんでした。家から離れている間は、電話や位置情報の要請に応じない方がいいという噂を聞いていたのでその通りにしていました。

飛行機

日本入国ルールは以上なんですが、最後に飛行機内のことについてです。東京とモスクワを往復する飛行機は、JAL・Aeroflot共同便で週に1便しかありませんでした。つまり、1週目はアエロフロートの飛行機が飛んで、次の周はJALの番だという感じでした。チケットの値段は、おそらく通常の2倍ぐらいでした。アエロフロート、JAL、ANAの価格はほぼ同じでしたが、JALは、パンデミックの非常時にはフライトの日付の変更は何回でも無料でできる様にしていました。

私は日本から乗った便はアエロフロートの飛行機でした。出発時間は午前8時でしたが、羽田はほとんど旅客はいませんでした。飛行機はおそらくキャパの4分の1しか人が乗っていませんでした。座席は 3×3×3 のパターンで3列に配置されていました。ほとんどの人は隣は空席でした。3つの座席で寝ることができました。それほど快適な空旅は初めてでした。

機内では、マスク着用に対する厳格な体制に嬉しい驚きを覚えました。マスクは3時間ごとに交換する必要がありました。スチュワーデスは厳重に監視し、3時間ごとに全員からマスクを集め、希望者に新しいマスクを配布していました。マスクを使って9時間飛行機に乗ることは、思ったほど不快ではありませんでした。機内で面白い映画も見れて、ちゃんと寝ることも出来ました。

シェレメーチエヴォ国際空港では、人の数に少し驚きました。パンデミック前と同じぐらいです。日本に帰るのもシェレメーチエヴォ空港でしたが、やはり混雑していました。

復路はJALでした。飛行機にはやはり空席がたくさんありました。座席は 2x4x2 のパターンでした。私は窓際の2席でした。奇妙なことに、JALはマスク体制は緩かったです。アエロフロートのように3時間ごとにマスクを交換するどころか、若いスチュワーデス達は「飛行中にマスクを外さないでください」のようなサインが画面に表示されていたiPadを持って列を歩いて注意を促しました。それだけです。マスクをしない人に対しては、注意することは、やる気がなかったのか勇気がなかったのか、とにかくありませんでした。